第2部 経済構造変化と中小企業の経営革新等 

(6)中小企業でも重要となるブランド戦略

 購入者が企業の製品情報について不完全にしか得ることができない場合、販売促進活動による差別化行動を行うことが多い。第3節で中小製造業の新製品開発による差別化行動をみてきたが、販売促進活動においても中小企業と大企業では異なり、中小企業では「代表者へのトップセールス」「口コミ」等の個別顧客を意識した販売促進活動が行われる割合が高い(第2-1-85図)。特に、価格競争が激化している近年では、このような販売促進活動を効果的に行うために、「自社ブランド」の取組の重要性が増している。

 
第2-1-85図 企業規模別販売促進活動の内容
〜企業規模によって異なる販売促進活動〜

第2-1-85図 企業規模別販売促進活動の内容〜企業規模によって異なる販売促進活動〜
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 自社ブランドとは、自社が扱う商品名、店舗名の標章(商品ブランド)や自社名そのものの標章(企業ブランド)といい67、ブランド68化はこうした標章を冠することにより、他社との識別を行うことや、顧客に対して一定の品質を保証するという意思表示を行うことである。実際、独立行政法人経済産業研究所「中小企業の新しい経営活動に係る調査研究」69により、自社ブランドを持っている中小企業が自社ブランドに持たせている役割をみると、「品質を保証し、安心を与える」といった保証機能が約7割と最も高く、次いで「他社の商品と分かりやすく選別させる」といった識別機能が約6割である(第2-1-86図)。


67 企業ブランドとは、企業名がそのままブランドになることであり、商品ブランドとは、商品名や店舗名がブランドになることである。第2-1-86図にみるように、両者の機能に大きな差はみられないことから、本節では同じものとして扱うこととする。
68 AMA(アメリカマーケティング協会)によれば、ブランドとは「ある売り手の財やサービスを、他の売り手のそれと異なるものと識別するための名前、用語、デザイン、シンボル及びその他の特徴」と定義しており、ここではその定義に準拠して分析している。
69 同報告書には、「ブランド戦略に関する実態調査」の分析結果が記載されている。同調査は、主に中小企業を中心に4,000社送付、有効回答者数1,062社(回収率26.5%)。


 
第2-1-86図 中小企業の自社ブランドの役割
〜企業ブランド、商品ブランドの役割には、「保証機能」、「差別化機能」等が挙げられる〜

第2-1-86図 中小企業の自社ブランドの役割〜企業ブランド、商品ブランドの役割には、「保証機能」、「差別化機能」等が挙げられる〜
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 一般消費者は「ブランド」という言葉から高級宝飾品や大企業の広告宣伝に使われる標章を連想する場合が多いが、自社ブランドを上述のように定義すると、小規模企業においても39.2%が自社ブランドを持っており、自社ブランドは中小企業においても販売促進活動の一つとして活用されている(第2-1-87図)。

 
第2-1-87図 自社ブランドを持っている企業の割合
〜小規模企業でも約4割が自社ブランドを持っている〜

第2-1-87図 自社ブランドを持っている企業の割合〜小規模企業でも約4割が自社ブランドを持っている〜
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 ただし、自社ブランドは標章を冠しただけでは効果が無く、自社ブランドが世間に広く認知されることや、自社ブランドの標章そのものに価値が付加されるような取組を行うことが重要である。実際、中小企業において自社ブランドを活用したことによる効果をみると、「知名度が増した」が64.5%と割合は高いが、具体的成果としては「価格競争から回避できた」が22.2%、「ブランドの有無に関わらず、自社商品の売上が増した」が21.7%と低く、ブランド効果として経営パフォーマンスの向上につながっているのは、おおむね2〜3割程度である(第2-1-88図)。

 
第2-1-88図 中小企業における自社ブランドの効果
〜知名度の向上に、自社ブランドの活用は有効〜

第2-1-88図 中小企業における自社ブランドの効果〜知名度の向上に、自社ブランドの活用は有効〜
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 つまり、ブランド化に取り組んでいる中小企業は知名度の向上という点で一定の成果を上げているが、それだけにとどまらず具体的にパフォーマンスの向上につながるような「ブランド価値の向上」に取り組んでいく必要がある。
 我が国の中小製造業は、一般的には世界の中で有数の技術力を保有している場合が多く、対象とする市場を明確化し、適切なブランド戦略に基づいて、高い技術力や品質等を顧客の強い信頼性に結びつけていけば、従来以上に利益を享受できる可能性は十分ある。
 特に、第1節で述べたように今後ますます海外市場を視野に入れた取組が必要となり、海外市場で通用するようなブランド力の育成が重要となる。現状においては、規模が小さい企業ほど「ブランド」という観点では海外市場に対する意識がまだまだ弱い状況であるが(第2-1-89図)、一方で事例2-1-8〜2-1-10のように経営者自身がこうした市場環境の変化を認識し、自ら積極的に海外市場を見据えた取組を行う企業も現れており、今後はこのような企業が増加することが望まれる。

 
第2-1-89図 企業規模別、自社ブランドの対象市場
〜現状、小規模企業では、海外市場に対する意識は低い〜

第2-1-89図 企業規模別、自社ブランドの対象市場〜現状、小規模企業では、海外市場に対する意識は低い〜
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事例2-1-8 世界に通用する「ブランド」を作り上げた企業

 I社(新潟県、従業員45名)は、登山用具、釣り用具等のアウトドアレジャー関連のメーカー。元々は金物問屋として1960年代に創業した企業であるが、その後アウトドアレジャー関連のメーカーに転換し、さらに1996年に現社長に替わってからは、自社ブランドのメーカーへと変革している。
 I社への入社前に外資系商社でブランドマネジメントを経験したことのある現社長は、「I社の地区は古くから金属加工技術が地場集積した地区であったが、どの企業もせっかくの技術を持ちながら、元請けからの指示のままに安物づくりをせざるを得ない日常にあった」ことに疑問を感じ、他社と差別化の図れる高品質の製品をそれに見合う価格で販売し、「ブランドイメージ」を確立することが大切だと考えていた。

【ブランドの育成は自社のファン作り】
 従ってI社名ブランドを冠した同社の製品は、同業他社の製品に比べて明らかに高価格であり、販売店もホームセンターのような大衆向けの店ではなく、社長自らが選定した販売店、あるいは直営店に限定している。ブランドの価値を維持するためには、拡販のために安易な流通ルートを使うのではなく、選択的に流通ルートを構築することが重要だと考えたのである。
 勿論、こうした販売方法が通用するのは、商品の洗練度や品質に自信があったからである。常に顧客の目を意識した経営・商品開発を行っている。例えば、ホームページで掲示板を公開して透明性のある経営をアピールするとともに、全国で定期的にキャンプイベントを開く等の顧客との触れ合いを通じて顧客ニーズの把握、キャンプファンの拡大に尽力する等により、常に時代の流れに敏感に反応し、流行を先取りして商品展開を行っている。また、高品質を誇るだけでなく、商品の「永久保証」というサービスを付加していることから、購入者にとっては絶対的安心感を得られることも、I社ブランドのイメージを向上させている。
 こうした取組は、いわば「I社ブランド製品のファン作り」であり、実際、当社製品を熱烈に支持する顧客層が購入している場合がほとんどである。現社長は、「ブランドの育成とはこのような自社のファンに応える取り組みであり、ファンを増やすことである」と考えている。

【ブランド戦略は海外でも通用】
 社長が取り組んだ自社ブランドの育成は、当初から海外を意識した取組であり、1996年にはアメリカに進出している。現在は売上の15%程度が海外での売上であるが、ここまで海外での売上が増加したきっかけは、1999年にアメリカの雑誌で受賞し、I社ブランドが国際的に一流ブランドとして認知されたことである。こうした自社ブランドが認知されると、中小企業であっても海外進出に比較的取り組み易くなり、その後、ヨーロッパ、オーストラリア、アジア各地に進出している。

事例2-1-9 日本ブランドを活かした農産物の輸出事業

 J社(千葉県、従業員数10名)は、人参、大根、薩摩芋、胡瓜等の有機及び特別栽培農産物の卸売業であり、主に首都圏への販売である他、香港、シンガポールへの海外輸出も行っている。当社が掲げる「楽しい農業」「美味しさと安全」等の合言葉に共感し、当社の事業に参加する有機認証を受けた農業者は千葉県内22の市町村から60名を超えている。

【海外でも需要がある日本の農産物】
 海外に駐在する日本人は、特殊勤務地手当を受けるなど、比較的裕福な層が多いため、「価格帯が高くてもかまわないから農薬が散布されていない、安全で、美味しいサラダを食べたい」という要望が強く、相応の需要が見込めると考え、海外駐在している日本人向けに輸出を開始した。特に、農薬が多く利用されがちな中国産の野菜が多く出回る香港などにおいては、減農薬・減化学肥料で栽培された野菜がとても貴重であることから、成田空港の近辺にあるという立地特性を生かして出荷日の翌夕方には家庭に届くという国内出荷と変らない鮮度を強みに、通常の国内価格の約3倍で販売している。

【ブランド力を生かした輸出事業の展開】
 当初は、香港駐在員向けに8件程度から始めたが、現地での口コミで徐々に拡大し、現在香港・シンガポールでは一種のブランド商品となっている。こうしたブランド力による知名度の向上は、他の地域から引き合いを呼び込む効果もあり、実際に上海の駐在員からの要望も多く上がっている(検疫が厳しく、現在のところ未実現)。
 今後の事業展開では、シンガポールで百貨店を開設し、日本人相手だけでなくシンガポール、中国の現地人への販売を始める計画が進行中である。特に富裕層において当社が提供するような高級品野菜の潜在的需要は大きく、「世界で一番高品質な農産物」、最高のブランドというイメージを定着させることで、こうした需要を獲得することができると考えている。

事例2-1-10 事業の軸足を海外に移しつつある中小製造業

 K社(東京都、従業員70人)は、1950年の創業以来、電気絶縁油の品質保持に関する事業を行っている。絶縁油の性能保持に必要な特殊吸着剤の開発に成功し、続いてこれを使用する浄油装置の製造へ進出し、現在、主力の電力会社向けの浄油装置で国内シェア90%を占める。製造は全て国内で行い、素材及び部品も現在は殆ど国内のものを使用している。海外には60カ国以上に輸出しており、現在の中心は中国、台湾、タイ、韓国等のアジア地域である。
 バブル崩壊後の国内市場の落ち込みは急激であり、主力の電力向けは最盛期の2割にまで落ち込んだが、輸出の増加と工作機械関連、マンション向け設備プラントの企画・設計・エンジニアリング関係の新事業に進出することにより、売上の維持・拡大を図ってきた。今期はようやく売上高でバブル期の過去最高時期を越える見込みであるが、国内向け浄油装置は過去の水準に回復しておらず、海外向けが65%を占めている。

【海外事業への進出】
 この20〜30年、マスコミ等で「中小製造業は3Kである」と言われ続け、K社の事業で日本人の大卒社員の採用は困難であった。このため、1980年代から中国人の優秀な人材の採用を目指して社長が中国を現地視察する等の活動を続け、1993年に中小企業団体の共同求人で都内の大学院に留学中の中国人1名の採用に成功した。この者が海外営業に大きな実績を上げてから、輸出活動を活発に行い始めている。現在、その中国人従業員は日本に帰化し、取締役営業部長として海外営業を率いており、海外企業と直接取引に成功するなど海外売上を大きく伸ばしている(海外に常駐の拠点を持たずに、従業員が海外出張して販路開拓及びアフターサービスを行っている)。これらの波及効果としては、海外での事業展開を続ける中で、インドに優れた変圧器用ラジエーターを製造する会社があることを知り、現在は、その製品の日本への輸入販売を行うなど、海外事業の拡大を進めている。

 第4節 マーケットを見据えた販路開拓

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