第2部 潜在力の発揮と中小企業の役割 

第3節 津波浸水地域等の状況と中小企業の役割

 本節では、津波浸水地域や原子力発電所事故による影響を大きく受けた地域の大震災後の事業の継続・再開の状況等について、「東日本大震災の影響を受けた中小企業の実態に関する調査9」により見ていく。

9 中小企業庁の委託により、(株)帝国データバンクの企業情報データベース「COSMOS2企業概要ファイル」で、大震災による津波浸水地域(警戒区域を除く。)に本社が所在していた企業(2010年12月時点)を対象に電話調査を実施。調査母数から、大震災前の廃棄・休業が判明した企業及び電話調査で無回答の企業を除いている。

■事業の継続・再開の状況
 津波浸水地域10における企業の事業の継続・再開の状況を見ると、3分の2の企業が事業を継続・再開させている。県別には、岩手県で59.3%、宮城県で66.8%、両県を除く各県の合計で68.3%となっている(第2-1-10図)。

10 ここでいう津波浸水地域とは、国土地理院が2011年4月18日に公表した浸水範囲概況図(縮尺2万5千分の1)により判明した津波の浸水を受けた地域(警戒区域を除く。)をいう。
 
第2-1-10図 大震災による津波浸水地域における企業の事業の継続・再開の状況

第2-1-10図 大震災による津波浸水地域における企業の事業の継続・再開の状況
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 他方、原子力発電所事故の警戒区域等を含む14地区の商工会11の会員事業所の再開状況は、2012年1月20日時点で、会員事業所2,744事業所のうち、1,112事業所(うち、64事業所が県外で再開。)が事業を再開し、再開事業割合は40.6%となっている(福島県商工会連合会調べ)。調査方法が異なる12ことから、単純には比較できないが、津波浸水地域の再開状況と比べても、厳しい状況であることが分かる。

11 広野町、楢葉町、富岡町、川内村、葛尾村、大熊町、双葉町、浪江町、飯舘村、川俣町、いわき市久之浜町、南相馬市小高、南相馬市鹿島、田村市都路町の商工会。
12 「東日本大震災の影響を受けた中小企業の実態に関する調査」は、該当地域に本社が立地する企業を対象に電話での聴取をしているが、福島県商工会連合会は、支店等を含む事業所を対象に会員事業所に対して調査を行っている。

 津波浸水地域における事業の継続・再開の状況を業種別に見ると、非製造業、製造業(水産加工業を除く)で、3分の2の企業が継続・再開しているが、水産加工業では過半に達していない状況となっている。また、従業員が大震災以前に比べて、3割以上減少したと回答する企業については、製造業(水産加工業を除く)が約2割、水産加工業が約3割となっており、水産加工業で津波の影響が大きかったことが分かる(第2-1-11図)。
 
第2-1-11図 業種別の事業の継続・再開の状況と大震災以前と比較した従業員数の状況

第2-1-11図 業種別の事業の継続・再開の状況と大震災以前と比較した従業員数の状況
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コラム2-1-6 水産業の現状

 津波の被害の大きかった沿岸部を代表し、石巻漁港と大船渡漁港の水揚げの状況を見てみる。2011年後半の生するめいかや生サンマの水揚量は、前年同月と同水準程度に回復してきているが、生さば類の水揚量の水準は、前年同月に比べ、非常に低くなっている。これは、もちろん気候等の影響もあるが、水産業関連の設備の整備状況も関係していると考えられる。つまり、まき網漁業により捕獲された生さば類の水揚げに当たっては、一度に水揚げされる量が多いことから、それらを処理する加工流通施設等の十分な整備が必要であるが、これらの漁港の後背地に立地していた加工流通施設等については、復旧が道半ばであるためと考えられる。被災した漁港の多くは、陸揚岸壁等について、2013年度末までの復旧工事の完了を目指しており、漁港機能の回復に必要な加工流通施設・設備や漁船のための資金調達等に対して引き続き支援が必要といえる。
 
漁港別の水揚量の推移

漁港別の水揚量の推移
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■再開希望、再開目途の時期
 第2-1-12図は、継続・再開・未再開の状況及び再開目途の時期を示したものであるが、「未再開」と回答した企業に、再開の希望の有無を尋ねたところ、158社が事業の再開を希望していた。一方、「希望しない」と回答するなどした企業は113社で、大震災を機に廃業を考える企業も存在する。再開目途があると回答した企業の再開予定時期としては、2012年の上半期までとの回答が大半であり、それ以降になると極端に減少する。再開を希望しているものの、目途の立たない企業もあり、早急な支援が必要と考えられる。
 
第2-1-12図 継続・再開・未再開の状況及び再開目途の時期

第2-1-12図 継続・再開・未再開の状況及び再開目途の時期(1)
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第2-1-12図 継続・再開・未再開の状況及び再開目途の時期(2)


 沿岸部を中心とした地域が、引き続き厳しい状況にある中で、被災地の中小企業が周囲に支えられながら、自らの強みを活かすこと又は地域のニーズを踏まえた新たな事業を創出することで、復興に向けて取り組んでいる姿を以下の事例で紹介する。こうした地域に根ざした中小企業が地域のニーズを把握し、潜在力を発揮して、まちづくりや地域の復興に大きな役割を果たすことが期待される。
 
事例2-1-3 インターネット産地直販事業で消費者とつながる企業の再起に向けた取組

 岩手県大船渡市の有限会社三陸とれたて市場は、インターネット産直販売を手がける企業である。
 旬の前浜魚介にこだわり、当日水揚げされた魚介類のみを全国に販売する同社では、インターネットの可能性を追求し、漁港のライブ中継や、朝揚げ魚介タイムセール等を実施しており、産地ならではの活きた情報を発信するビジネスモデルは、全国からも注目を集めてきた。
 大震災により、同社は事業所や設備を全て失ったが、1か月ほど経過し、船を出して刺網を行ったところ、魚が大量に獲れる光景を目の当たりにした。同社の八木健一郎社長は「陸には惨状が広がるが、海は健康なのだから、生産者とともに早々に立ち上がるべきだ。」と、氷や製氷機を調達して漁を再開し、全国に直送便の出荷を始めた。また、全国の顧客からの応援メールや支援の申出も、再建への想いを後押しした。
 「三陸の水産業は、生産・販売等水産業に携わる地域の関係者らが一体となり、面的に立ち上がらなければ復興できない。自社のみが再建しても意味がない。」と、漁師らと連携を進め、復興の道筋を模索している。2011年8月には、装置メーカーの協力のもと、鮮度と旨味の保持に優れたCAS(セル・アライブ・システム)冷凍施設と付帯施設を導入し、漁師らと共に、新たな水産加工品の開発に取り組み始めている。
 一方、牡蠣むき等、浜で水産業を支えてきた女性達の働く場を確保するため、地元の若い漁師らが漁網を一括で仕入れ、加工を支援し、ミサンガを生産・販売する「三陸に仕事を!プロジェクト『浜のミサンガ‘環’』」事業を立ち上げた。活動は岩手・宮城両県に広がっており、参加者数は250名以上、売上は1億円に達している。
 現在、同社では、漁師や浜で働く女性等地域関係者との連携のもと、三陸で水揚げした魚介類に鮮度維持に奏功するCASの機能を活かし、地元漁師のみが知る漁師料理を開発・生産する拠点を整備し、水産業の高付加価値化及び雇用創出のための新たな仕組みづくりが進んでいる。
 
セル・アライブ・システム
 
コラム2-1-7 仮設工場・仮設店舗等整備事業

 大震災により、被害に遭った地域等においては、地域の雇用・経済を支える中小企業の早期復興を図るため、工場や店舗等の事業基盤の再整備が必要である。「仮設工場・仮設店舗等整備事業」は、(独)中小企業基盤整備機構が主体となり、中小企業が速やかに事業を再開するため、仮設の店舗や工場等を整備し、市町村を通じて、原則無償で貸し出す事業である。2011年4月11日に事業実施を決定し、同年6月の工事の着工開始時には、33市町村210件の要望が寄せられた。事業者の再開に向けた動きが早々に出たことは、地域の中小企業が雇用を担い、地域経済を支えていることを踏まえると、復興に向けた一歩になると考えられる。
 
仮設工場・仮設店舗等整備事業
 
事例2-1-4 店舗・社屋等の全壊から、高台に新店舗を建設し復興を進める企業

 宮城県南三陸町の株式会社ヤマウチ(従業員43名、資本金2,000万円)は、三陸産の豊富な魚介類を使用した水産加工品の製造・販売を行ってきた鮮魚店である。津波により、同町内に構えた2店舗と加工場、インターネット販売用コールセンターの計4拠点全てと、同社の山内正文社長の自宅も流失した。
 被災直後、山内社長は避難所に身を寄せながら、自治会を組成し、自治会長を務めるなど、地域の世話役に徹した。そして、南三陸町の商店街が手を取り合い共に地域で商売を再建するための復興のシンボルとなるイベントとして「福興市」を企画、2011年4月末に第1回を開催し、実行委員長として尽力した。
 同社を始め、町の大多数の商店が被災する中で、「市」の開催を支援したのは、阪神・淡路大震災の被災経験を活かして、2008年に設立された商店街・自治会のネットワーク組織「全国ぼうさい朝市ネットワーク」である。全国の商店街が商品を提供した。福興市は、その後、毎月最終日曜日に開催し続け、2011年11月末には、出店企業70社中半数を町内商店が占めるに至っている。
 また、2012年2月には、町内に31店舗が入居する南三陸志津川福興名店街仮設施設も完成した。期限終了の5年後までに、町の商店が一丸となって、本商店街の再建を目指していく。「商売人にとって、仮設商店街であっても、日銭を稼げることが生きがい。これからは、南三陸町の美しい海と山を最大限活用し、訪れる人が楽しめる商店街にしたい。」と山内社長は語る。
 一方、2011年8月には、高台にある商工団地内の所有地に飲食店を併設した仮設店舗を設置し、再建の一歩を踏み出した。同年9月には、大震災前から同町内に建設中であった冷凍工場が完成したほか、2012年1月には、インターネット販売も再開した。
 また、独立行政法人中小企業基盤整備機構の仮設工場・仮設店舗等整備事業13を活用し、海に近い所有地に工場を建設、2012年4月の操業を目指している。

13 コラム2-1-7を参照。

 同社は、南三陸町を代表する会社として、商店街の再建と自社の事業継続を通じて、故郷の復興に全力で取り組んでいる。
 
仮設店舗内の様子
 
事例2-1-5 プレハブ店舗による屋台村の開設により、再起を目指す飲食店主を支援する運営会社

 宮城県気仙沼市内では、大震災により、海岸に近い市街地は、甚大な被害を受けた。特に、津波で事業所を失い、収入が途絶えた飲食店や個人商店の事業再開を支援することで、代々受け継がれてきた各店の味を守るとともに、各店が担ってきた港の賑わいや地域コミュニティ機能を回復させることが重要であった。また、市内で支援活動を行っていたボランティアや市民からも、温かな食事ができる場所を求める声があった。
 復興屋台村は、被災直後から、避難所への支援物資輸送に尽力する気仙沼市出身のフリーアナウンサー岩手佳代子氏や街中養蜂を通じてまちの活性化等に取り組む「仙台ミツバチプロジェクト」等に参加する、県内を中心とした企業や個人が、次なる支援方策を模索した結果、立ち上がった構想である。
 独立行政法人中小企業基盤整備機構の仮設工場・仮設店舗等整備事業を活用し、気仙沼市が地権者から用地を2年間無償で借り受ける形で、約1,700m2の敷地に仮設商店街を建設し、「復興屋台村気仙沼横丁」として、2011年11月にオープンした。各店は、コミュニケーションを重視した1店舗約8席の「屋台村方式」を導入しており、先行事例である「八戸屋台村みろく横丁」(青森県八戸市、2002年)の全面協力を受けている。
 また、運営は、2011年7月に設立された株式会社復興屋台村が行っており、各店の屋台の設備・備品・機器類設置に掛かる初期費用等も負担することから、店主は身一つで事業を再開できる点が特徴である。支援の輪は仙台ミツバチプロジェクトメンバー等を通じて全国に広がり、全国チェーン店等多くの企業や個人が協力している。
 2012年3月現在、飲食16店舗と、生鮮品等の物販6店舗が出店し、大勢の市内外からの来訪客で賑わいを見せている。同社の若生裕俊社長は「復興屋台村は、全国の支援の輪により実現した取組。港町気仙沼として、海に近いこの復興屋台村から元気を取り戻したい。」と語り、各店の自立に向け経営面でのサポート等に取り組むだけでなく、PR活動の全国展開を通じ、市内来訪者の増加や被災地全体の活性化に貢献している。
 
気仙沼横丁の外観
 
事例2-1-6 仮設住宅に暮らす人たちの「地元のお店」を共同経営する個人事業主

 福島県いわき市にある仮設店舗「くんちぇ広場ならは」は、大部分が原子力発電所事故を受け、立入を制限される警戒区域に指定された楢葉町の経営者2名が共同経営している。
 元楢葉町商工会青年部の両経営者は、2011年6月に、楢葉町商工会から、独立行政法人中小企業基盤整備機構の仮設工場・仮設店舗等整備事業の紹介を受けるが、最初は事業の見込みが立たず、断った。しかし、楢葉町役場からの「仮設住宅に入居している高齢者は、買い物に行く場所がないため、是非取り組んでほしい。」という依頼を受け、ボランティア的な気持ちで仮設店舗の共同経営に取り組むこととした。「くんちぇ」とは、福島弁で「ください」を意味する。
 仮設店舗用地は、いわき市が提供し、建物は独立行政法人中小企業基盤整備機構が整備した。店内の機材は、福島県の無利子融資制度を利用して揃えた。約50m2のプレハブ平屋の店内には、弁当や惣菜、野菜、菓子等日常生活に必要な食品が揃い、近隣の仮設住宅に入居する高齢者を中心に、1日100〜150名が切れ目なく訪れている。
 また、仮設住宅から店舗までの距離が近いことや店内が会話に丁度よい広さであることから、同店は、人々の交流の場としても機能している。知人の仮設住宅入居先が分からなかった来店客が店内で知人に再会し、会話が弾むことも少なくない。また、世代の異なる経営者とのコミュニケーションを楽しみに来る客も多く、今まで交流のなかった世代の人々とのつながりも増えているという。
 両経営者は「商売は何より面白い。現在は、土地や建物は行政に提供してもらっているが、今後は、自助努力で商売を通じて、地域に恩返しをしていきたい。」と口を揃える。
 
仮設店舗内の様子
 
コラム2-1-8 中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業

 大震災では多くの企業が被災したことから、復興の牽引役となり得る「地域経済の中核」を形成する中小企業等グループに対する支援策として、「中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業」が措置された。
 これは、被災地域で形成された企業のグループが、復興事業計画を作成し、県から認定を受けた場合に施設・設備の復旧・整備に対して、補助金が受けられるものであり、グループ化の要件として、〔1〕経済取引の広がりから、地域にとって重要な産業クラスター、〔2〕雇用規模の観点から、地域において重要な位置付けを有する中核企業とその周辺企業、〔3〕我が国経済にとって重要なサプライチェーンを形成している企業グループ、〔4〕地域コミュニティにとって不可欠な地域の中心的な商店街等、の四つの類型が示されている。
 平成23年度の補正予算等により、青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、千葉県において、計198グループを支援している。グループ化を契機に新たな取引関係が生まれる、共同で商品開発・販路開拓等の取組が行われるなど、単なる個別企業の復旧にとどまらない、地域の復旧が進んでいる。
 
中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業
 
事例2-1-7 地元商工会議所の強力なバックアップのもと、補助事業を活用しながら復興を目指す石巻の水産業関連グループ

 宮城県石巻市は、全国屈指の水揚量を誇る石巻漁港等を抱える水産都市である。漁港の背後には、国内最大規模の水産加工団地が立地し、造船修理業、冷凍冷蔵保管業、加工設備設置・修理業、貨物運送業等、水産加工業を支える関連産業が集積している。
 大震災では、津波によってほとんどの建物・機械設備が損壊した上、地盤沈下による冠水や地盤の液状化も発生するなど、漁港とその後背地一帯は壊滅的な被害を受けた。
 「地域の雇用・生活を支える産業の復興なくして、石巻の復興はあり得ない。」との思いを強くした石巻商工会議所は、地元の企業に声をかけて「石巻復興会議」を設立し、2011年3月24日に決起集会を開催した。水産関連業については、業種別分科会の一つとして「石巻水産業復興会議」を同月30日に設立し、復旧・復興に向けた活動を推進すべく、毎週のように会議を重ねた。
 同年6月には、中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業14(1次募集)に、石巻市から水産業関連で24グループが応募したものの、採択されなかった。地域がばらばらのままグループを作ったことが要因と考えた石巻商工会議所は、事業者の被害状況や要望の把握に始まり、事業者への参加呼び掛け、事業者間の調整、申請書類の作成等に至るまで全面的な支援を行った。

14 コラム2-1-8を参照。

 そして、水産加工業138社と関連産業72社の計210社が一体となってグループを形成し、3次募集に応募したところ、2011年末に事業採択が決まった。
 今後は、その補助金を使い、1日も早く、各社が所有する一部事業所、工場、冷凍営業倉庫、凍結設備等について整備を進めるとともに、共同利用化の推進、経費削減等経営の合理化を図ることで、競争力の底上げを目指している。グループ代表の大江冷蔵株式会社(従業員20名、資本金2,250万円)の大江康博社長は、「どのような状況でも、先に進まないと復興は実現しない。」と語り、水産都市復活に向けてグループが一丸となって、懸命に取り組んでいる。
 
事例2-1-8 事業者間の強い結束力で中心市街地の復旧・復興を牽引する商店街

 旧奥州街道沿いの宿場町として栄えた福島県須賀川市の中心市街地は、大震災により多くの建物が損壊し、同地域に立地する小売店舗、ホテル、金融機関、飲食店等の31事業者で構成される須賀川中央商店街振興組合(以下「振興組合」という)の構成員の9割以上が半壊以上の被害を受けた。また、原子力発電所事故も重なり、商店街の人通りは、ほとんどなくなったという。
 大震災後1か月間は混乱が続いたが、2011年4月中旬に互いの情報交換を目的として、振興組合と町内会が合同で「須賀川中央商店街復興委員会」を設立した。同委員会は週1回の頻度で幹事会を開催し、中心市街地の再生等について検討を行った後、同年8月に、同会を中核として、中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業への応募を決断した。振興組合理事長は「補助事業への参加の呼び掛けや申請書類の作成には苦労したが、須賀川市や須賀川商工会議所、福島県等の協力のもと応募に至った。」と語る。同事業に採択された要因として、優れた計画内容だけでなく、同事業を知る以前から組織化や迅速な体制づくりが進んでいたことや、交付までのつなぎ融資について、グループに参加する須賀川信用金庫への相談等も受けやすい環境にあったこと等を挙げている。須賀川信用金庫の担当者も「仲間内である須賀川商工会議所や振興組合の取組を間近で見て、当面の資金繰りを支援するという地域金融機関の役割を強く再認識する機会となった。」と語る。
 振興組合理事長は「同事業の採択により、建物や設備の復旧に目途が立ち、店主のやる気や元気が出てきた。」と明るい兆しを口にする。今後は、事業者同士の固い結束力をもとに早急な復旧を果たし、中心市街地における商業の賑わいと交流の創出に取り組む予定である。
 
商店街復興委員会の参加者
 
コラム2-1-9 地域資源を活用した復興の取組

 地域の自然環境や風土、歴史は、その地域の人々の暮らしに根付いている。中小企業等が地域に存在する資源を活用して、今後の復旧・復興に、役割を果たしていくことが重要である。ここでは、被災地域の商工会及び商工会議所に行った「東日本大震災からの地域の立ち直りに関するアンケート調査15」により、復興に資する地域資源及びその活用方法について見ていく。コラム2-1-9図〔1〕は、大震災からの復興等に有望な地域資源を示したものである。「農林水産品や加工品」を挙げる所が6割近く存在し、最も多い。次いで、「文化財、歴史」、「産業集積、地場産業」、「自然資源」等が挙げられている。特に、「産業集積、地場産業」は、「農林水産品や加工品」を製造するための設備や資材等を提供する基盤として、重要視されていることが考えられる。

15 中小企業庁の委託により、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)が2012年1月に、災害救助法適用市区町村(東京都を除く。)又は、津波浸水地域にかかる市町村に所在する商工会及び商工会議所計263か所を対象に実施したアンケート調査。回収率47.9%。
 
コラム2-1-9図〔1〕 震災復興・地域活性化のために最も活用できると考える地域資源

コラム2-1-9図〔1〕 震災復興・地域活性化のために最も活用できると考える地域資源


 地域資源活用の取組には、「地域資源の特徴をうまく活かした製品・商品開発力」、「販路の開拓・確保」、「参加メンバーの熱意・粘り強さ、チャレンジ精神」が必要とされており、これらの項目の選択率は5割を超えている(コラム2-1-9図〔2〕)。
 
コラム2-1-9図〔2〕 地域資源活用の取組に重要なこと(複数回答)

コラム2-1-9図〔2〕 地域資源活用の取組に重要なこと(複数回答)


 地域資源を活用する際の課題としては、「活動に必要な資金の調達」や「販路の開拓・確保が難しい」といった点を挙げる所が約半分となっている(コラム2-1-9図〔3〕)。
 
コラム2-1-9図〔3〕 地域資源活用の取組の課題(複数回答)

コラム2-1-9図〔3〕 地域資源活用の取組の課題(複数回答)


 地域資源の活用に取り組む際には、販路の開拓・確保が重要と認識される一方、課題として挙げられる割合も高い。地域資源を活用した産業化に取り組むためには、製品やサービスを販売するための方法を確保することが必要と考えられる。
 
事例2-1-9 顧客や地域の方々に支えられ、本格的な事業再建に向けて取り組む企業

 宮城県名取市の株式会社ささ圭(従業員52名、資本金5,000万円)は、半世紀以上笹かまぼこ等の生産・販売を行ってきた企業である。同社は、大震災による津波で、市内閖上地区にあった社屋・工場・本店の全てを流失し、従業員3名が亡くなった。同社社長・会長の佐々木圭亮氏・圭司氏両夫妻は、自宅も流され、佐々木社長は、事業再建の目途も立たないと廃業を決意した。
 ところが、その数日後、市役所で「雇用を確保できなくなれば、地域全体の復興が遅れてしまう。諦めずに再建の道を探ってくれないか。」と事業継続の助言を受けた。そこで、休業に切り替えて従業員を守ることに加え、会社の再建を通じて地域の復興を支えようと決めた。佐々木社長は、「知人に借りたパソコンを立ち上げると、全国から多くの注文や励ましの連絡が届いていた。また、ただ一つ残された名取駅前の販売店舗の片付けに通う中で、地域の方々や閖上地区の顧客から早期復活を期待された。次第に気持ちが整理され、1か月ほど経過した頃、再建への手応えを感じ始めた。」と語る。
 2011年7月には、同店舗に小さな工房を併設し、半世紀ぶりに、全て手作業による笹かまぼこを製造し、「復興手業かまぼこ」として販売を開始した。機械作業しか知らなかった従業員は、佐々木会長夫妻の指導を受けながら、一本一本丁寧に焼き上げている。
 手作りでは、生産可能な品目も限られ、生産量も被災前の1割に満たないが、佐々木社長は、「お客様の励ましや、先代が培った伝統技術の復活等により、再起できた。地域の経済団体や行政等の支援のもと、徐々に県外の展示販売会等にも出られるようになった。当社の従来製品の再開を待っていると言ってくださる顧客をお待たせしている状況のため、震災後に培ったネットワークや技術を新たな強みとして工場を再建し、早く全従業員を呼び寄せたい。」と語る。
 
手作業で笹かまぼこを作る従業員
 
事例2-1-10 伝統工芸品をブランド化し、更なる海外市場の開拓を目指す企業

 岩手県奥州市の及源鋳造株式会社(従業員67名、資本金9,000万円)は、江戸末期の創業以来、南部鉄器を製造し続けている。同社は伝統技法の高度化により、表面塗装をしなくても錆びにくい鉄器の開発に成功し、ティーポットやフライパン等の新分野の製造にも取り組んでいる。
 日本の伝統的工芸品第1号として登録された南部鉄器は、国内の消費者には見慣れられてきたこともあり、黒くて重いといった印象を持たれがちだが、海外では、鋳肌の細かな意匠等、素材の魅力を活かす独自の鋳造技術が高く評価されている。
 同社は、50年近くの海外輸出ノウハウを有するが、及川久仁子社長は「日本製品がそのままエキゾチックな商品として評価される時代ではない。取引先のニーズは、年々多様化している。」と言う。
 例えば、欧米では、鉄器の重厚感は品質の高さとして好まれ、重さがいとわれない一方、インテリアにふさわしいデザインやカラーバリエーションが求められる。同社は、こうした異文化のニーズにきめ細やかに対応したオリジナル製品の制作・販売に取り組み、近年では、同社のティーポットがパリの老舗紅茶店の広告に使われるなど、南部鉄器“OIGEN”ブランドは着実に浸透している。
 中国では、高温沸騰が可能な南部鉄瓶が、高温を適温とするプーアル茶に適すると機能性を評価され、上海の茶葉専門店との取引も行っている。同社は、注ぎ口の仕様をプーアル茶用に設計変更し、湯温と勢いを維持させた。
 このように、同社は、各国の食文化に応じた顧客ニーズに対して、我が国独自の鋳造技術を磨くことで応えてきた。そして、長年にわたる海外市場開拓の実績も含めた歴史や伝統も、同社ブランドの高付加価値化に奏功している。及川社長は「国内市場が縮小傾向にある中、新たな需要の見込まれる成長国への販路開拓を目指したい。各国顧客の高い要求水準に技術で応え続けるために、高齢の職人への体力的な負担をできるだけ軽減し、彼らの高い技術を発揮できるよう、自社・産地への設備投資も進めていく。」と力を込める。
 
同社のショールーム/パリの老舗紅茶店の広告
 
事例2-1-11 同業者同士のつながりで、伝統工芸品の復興を目指す協同組合

 宮城県石巻市雄勝地区は、国内産の約9割のシェアを誇る硯の一大産地である。雄勝硯は約600年の歴史を有する伝統工芸品として、1985年に国の指定を受けている。純黒色で圧縮・曲げに強く、化学的作用や永い年月にも変質しない性質を持つ玄昌石(雄勝石)を使い、昔ながらの手作りの製法により彫り上げられる名硯として賞美されてきた。近年は、雄勝石を利用した食器や花瓶等の工芸品の商品開発を進めていた。
 大震災の津波により、同地区で採石・生産・販売に携わる14事業者から成る雄勝硯生産販売協同組合の組合員らの多くも、機械や原材料等を失い、雄勝石製品の生産販売が困難な状況に陥った。同組合の理事長を務める澤村文雄氏が経営する株式会社澤村製硯(従業員4名、資本金1,000万円)は、硯の蓋に蒔絵を施すなど製品の高付加価値化に努めてきたが、大震災により、工場や店舗兼事務所、自宅近くの完成品の保管倉庫を全て流失した。家族から廃業を勧められたが、「震災前から資金調達や人材不足に悩んでいた組合員も廃業を余儀なくされ、雄勝硯の歴史を絶やしてしまう。組合として、安定して事業を行えるようになるまでは、事業を継続しよう。」と決意した。
 2011年5月、大震災後初めて組合員を招集し、協同組合を立て直すことを宣言し、結束を強めた。まず、同組合は、澤村製硯より無償で譲り受けた被災製品を仕上げ直し、工芸品の生産を再開した。完成した製品は、同年11月に雄勝地区にオープンした仮設商店街「おがつ店こ屋街」で販売している。
 さらに、中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業や国内外から寄せられた義援金を用いて、雄勝石の採石と生産に必要な設備を一式揃え、組合員が共同利用することで組合員各社の復興を後押しし、伝統と歴史のある雄勝の硯関連産業を後世へ伝えていくことを目指している。
 澤村理事長は、「津波で、首まで水に浸かった。それでも生きているということは、まだ世の中のために尽くせということだと思う。」と語る。2010年に組合で採用した若手の本格的な技術研修も、2012年2月に開始した。彼らを雄勝硯の後継者として育成するなど、雄勝硯の再興に向けて組合が一丸となって歩みを進めている。
 
技術研修の様子
 
事例2-1-12 6次産業化の強みを活かして復興支援に取り組む農業生産法人

 宮城県仙台市の株式会社舞台ファーム(従業員数135名、資本金4,000万円)は、米・野菜の生産から加工・販売まで手掛ける農業生産法人である。
 同社の針生信夫社長は、仙台平野に15代続く農家に生まれ、20歳代で父から農業を継承したが、天候と相場に左右される不安定な従来型農業経営から脱却する必要性を強く感じていた。そこで、相場に左右されない契約栽培による経営を模索し、地元スーパーとの取引を開始した。以降、大手コンビニチェーンとの契約による農産物の安定的な出荷先の確保、野菜カット工場の建設による農産物の高付加価値化、マルシェ(青空市場)や飲食店の直営による小売業への進出、自社配送流通システムの構築等、次々と革新的な事業に取り組み、個人農家から、農産物の加工・流通・販売までを担う6次産業化の代表的企業へと成長した。
 同社では、県内5か所の田畑計約40haのうち、津波による塩害で7割が作付け不能となったが、野菜カット工場等の中心施設は大きな被害を免れた。そこで、施設内にあった野菜や米、飲料水等備蓄品を避難所へ提供し、陸前高田市から南相馬市まで47か所で、合計4万食の炊き出しを行った。針生社長は「多くの農産物を被災地域に提供でき、地域の食を支えることができたのは、同社が農産物の生産・加工に加え流通機能を有し、東北発の農業生産者として、地域で頑張ってきたことが奏功している。」と語る。
 2011年12月には、津波で大きな被害を受けた仙台市沿岸部の農業を創造的に復興するため、地元の生産者を中心に「仙台東部地域6次化産業研究会」が設立された。同研究会では、除塩の必要がない養液栽培の温室を大規模に整備した上で、野菜の販売加工施設を併設し、高い付加価値と競争力を備えた都市近郊型農業のモデルづくりに取り組んでいる。同研究会の会長も務める針生社長は、「3月11日は、食料とエネルギーは無限ではないと皆が気付いた瞬間。被災地仙台から復興の新たなモデルを世界に発信する。」と意気込む。
 
加工工場の風景
 
事例2-1-13 津波被害を受けながら震災後1か月で水産加工品販売事業を再開した企業

 有限会社中村家(従業員65名)は、岩手県釜石市にある1940年創業の料亭である。同社の「三陸海宝漬」は、アワビやイクラ等の三陸産の豊かな海産物を秘伝のタレに漬け込んだ逸品で、全国の百貨店やインターネット通販を中心に、年間約40万個を売り上げる、三陸を代表する商品である。地元素材にこだわったものづくりにより、岩手県水産加工品コンクールで3年連続入賞(農林水産大臣賞・水産庁長官賞)したほか、顧客の要望に応じた丁寧な商品づくりも、取引先から高い評価を得ている。
 同社がこだわる三陸産の素材は、収穫期が限られるため、素材を、釜石市や大槌町内計5か所の冷凍倉庫に約1年分保管していたが、津波により冷凍倉庫が流され、素材がほとんど流失したほか、店舗も浸水し、被害総額は約5億円に上った。
 大震災後、料亭は休業。廃業も検討したが、中村勝泰社長と島村隆料理長は「漁師町である釜石では、漁業の活性化なくしては、町に活気は戻らない。地元水産業の復興に向けて、我々が商品を作り続け、全国のお客様に届けることは、地域再建に重要。」と考え、なんとしてでも営業を再開すると決意した。
 そこで、大震災から1か月後の販売再開を目標に掲げ、被災を免れた三陸産の素材に加え、北海道や青森県の水産加工業者のイクラやホタテを仕入れ、商品開発にも取り組んだ。
 早期の販売再開目標に、当初は驚きを隠せなかった従業員達も、働く喜びを噛み締めながら力を尽くし、2011年4月11日には、地元百貨店で販売再開の第一歩を踏み出した。
 また、全国放送等での取材や、歳暮・中元需要の高まり等を受け、全国から注文を受ける一方で、大震災後には、メカブの元となるわかめの流失や、アワビ漁場の荒廃、鮭の遡上の減少等で、漁獲量が減少し、価格の高騰が続き、生産に支障を来たしている。今後は、料亭の営業を諦め、インターネットや百貨店等での商品販売に事業転換する。中村社長は「苦しい状況で、お客様や取引先の励ましが糧となり、事業を継続できた。結果として、お客様との新たなつながりが生まれている。今まで以上に気持ちを込めて商品を作り、職人のプライドをかけて三陸ブランドを守り続けることで、三陸水産業の復興に、中長期的な視点を持って貢献する。」と力強く語っている。
 
中村社長と従業員
 
コラム2-1-10 東日本大震災復興特別区域法

 東日本大震災からの復興に向けた各地域の取組の推進を図るため、震災により一定の被害を生じた区域において、規制・手続の特例や税制、財政、金融上の特例をワンストップで総合的に適用する仕組みとして、「東日本大震災復興特別区域法」が2011年12月26日に施行された。本制度によって、被災した地方公共団体は、規制・手続の特例や税制、財政、金融上の特例を受けることができる復興推進計画、土地利用の再編に係る特例等を受けることができる復興整備計画、復興交付金を活用した事業を行うことができる復興交付金事業計画を作成することができる。
 2012年2月9日には、宮城県において税制上の特例措置を盛り込んだ復興推進計画が、岩手県において保健・医療・福祉に関する特例措置を盛り込んだ復興推進計画が認定された。
 
東日本大震災復興特別区域法の枠組み

東日本大震災復興特別区域法の枠組み
 
コラム2-1-11 福島復興再生特別措置法

 「福島復興再生特別措置法」は、原子力災害により深刻かつ多大な被害を受けた福島の置かれた特殊な諸事情等を踏まえ、福島の復興及び再生のための特別の措置を定めるものである。同法は、2012年3月30日に国会で成立し、翌31日に公布・施行された。特別な措置の内容としては、(1)避難解除等区域の復興及び再生のための特別の措置、(2)放射能による健康上の不安の解消等安心して暮らすことのできる生活環境の実現のための措置、(3)原子力災害からの産業の復興及び再生のための特別の措置、(4)新たな産業の創出等に寄与する取組の重点的な推進、等が含まれている。
 
福島復興再生特別措置法の概要

福島復興再生特別措置法の概要



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