2.円安に推移した為替レートとその影響


為替レートは,一国の基礎的経済条件や国際収支の動向,内外金利差,世界の 政治経済情勢等の動きを反映して変動すると考えられるが,逆に,為替レートの 変動は,その国の輸出入動向,国内経済にも大きな影響を与える。
以下では81年の円相場の動向とその影響について見てみよう。

(1)経常収支黒字,物価安定下の円安
81年の円相場の動向を概観すると,@80年春以降の円高傾向が81年年初まで 続き,1月6日には1ドル当たり199円(東京インターバンク市場直物中心 レート)をつけた後,Aほぼ直線的に円安傾向をたどり,8月4日には247円

(同)という安値を記録した(この間の円の下落率は約19.5%(IMF方式)に及ぶ
急速なものであった)。Bその後,ドルが一時軟化をみせ,小康状態をはさんで 11月下句まで円相場の上昇が続いたが,C12月には再び円安に転じ,変動を示 しながらも円安基調が続いたまま越年した(第2−1−7図)。
そこで次に,各局面における円相場変動の背景を見てみよう。
@ 80年4月以降の円高局面は,(i)米ドル金利急落に伴いドルが全面安となっ
たこと,(ii)貿易収支が顕著な改善傾向を示していたこと,(iii)80年の長期資本 収支が16年ぶりに黒字化したことにもみられるように,相対的に良好な我が国 のパフォーマンスに着目して,外国資本が大量に流入したこと,等によるとこ ろが大きいと考えられる。
A しかし,81年1月以降は,(i)レーガン大統領就任(1月20日)に伴うアメリ
カへの期待の高まり,(ii)ポーランド情勢の悪化,ミッテラン大統領の当選等の国 際政治情勢の不安定化,東西緊張の高まりが,アメリカヘの信頼の高まりと,欧 州諸通貨の対ドル相場の軟化に対する連れ安現象等を引き起こしたこと,(iii)ア メリカの金融引締め政策に伴う米ドル金利の高騰が内外金利差の拡大をもたら し,これが長期資本を中心とする資本の流出をもたらすと同時に,ドルの先高 観をもたらしたこと,等により,円相場は下落を続けた。
B 8月に入り,米ドル金利の先行き不透明感が出てきたことから円高の方向に
転じた後,しばらく一進一退の状態を続けたが,11月に入ると,アメリカの景 気後退を背景に,連邦準備制度理事会(連銀)が公定歩合の引下げ(10月30日), 同サーチャージの撤廃(11月16日)等の金融引締め政策の修正を行ったことな どから,米ドル金利は軟化し,ドルは大幅に下落した。
C しかし,12月には,(i)アメリカの財政赤字拡大が報道されたことから米ド
ル金利が反騰の動きをみせ,また,(ii)ポーランドで戒厳令が施行(12月13日)
されたために東西緊張が一層の高まりをみせたこと等により,再びドルは反騰 を始め,全体としてドルが堅調な推移をみせた。

(2)為替レート変動の特徴
(金利に敏感に反応した為替レート)
81年中の為替レート変動の特徴として,第一に,アメリカの市中金利の動向 に為替レートが結果的に敏感に反応した動きを示したことが指摘される。
の対ドルレートを縦軸にとって,四 半期毎の為替レートの堆移を追った ものである。これによると,ほぼ 80年第1四半期まで,各期の点を 結んだ線は右上がりの直線を描いて いるのに対し,それ以後はそれまで のパターンとは異なった動きを示し ている。すなわち,80年の四半期 の動きをみると,おおむね我が国の 経常収支は赤字傾向であったにもか かわらず円レートは上昇しており, 81年に入ると,逆に我が国の経常 収支は黒字傾向であるにもかかわら ず円レートは下落する方向にある。
これは,日米間の実質金利差がこ の時期大きく拡大したために,資本 移動が活発化していることが原因で あると考えられる(第2ー1ー9図)。すなわち,81年には,アメリカがインフレ克 服のための金融引締めの姿勢を堅持したために,ノアメリカの高金利が継続し,こ の結果,先にみたように,内外金利差の拡大から本邦資本の証券投資の大幅な流 出超がもたらされる一方,先行きについてもドル高期待を生み,これが外国為替 市場でのドル需給をひっ迫化させ,ドル高現象をもたらしたものと考えられる。
ファンダメンタルズ中心の相場からこのような金利に敏感に反応する,いわゆる ‘金利相場’が醸成されるにいたった背景としては,@79年秋にアメリカ連邦準 備制度理事会(連銀)が,マネーサプライ管理を中心とする新金融調節方式を採用 して以来,米ドル金利の変動幅が大きく,実質金利においても高い水準を示すよ うになり,そのなかで我が国との金利差が大幅なものとなったこと(第1章第1 節参照),A80年12月の新外為法の実施により,我が国の外国為替取引,資本 取引が原則自由となったこと等から,国際間の資本の移動が活発となり,これが 円レートに大きな影響を及ぼしていること等が挙げられる。
(対ドルと対欧州通貨との乖離)
81年中の円レートの特徴の第二は,円のドルに対するレートと,、欧州諸通貨 に対するレートの動きがやや異なった動きを示していることである(前掲第1− 3−1図参照)。前述したように,円はドルに対しては,円安傾向で堆移している のに対し,欧州諸通貨に対しては総じて円高気味に堆移している。これは,@ ファンダメンタルズを比べた場合,我が国は欧州各国よりも相対的には優れた成 果を示していること,Aポーランド情勢,フランスのミッテラン大統領就任等の 政治的影響を欧州諸通貨の方がより強く受けていること等によるところが大きい と考えられる。

(3)為替レート変動の影響
一般に円レートの下落は,直接的には円建輸入価格の上昇(ドル建輸入価格は 不変)とドル建輸出価格の下落をもたらし,この結果,様々な経済的影響を及ぼ す。この円レート下落の影響を具体的に列挙すると以下の通りである。
@交易条件の悪化 円レート下落に伴うドル建輸出価格の下落から,短期的には交易条件(輸出 価格/輸入価格)は悪化するが,中期的には,円建輸入物価上昇の影響から円 建輸出価格にも上昇圧力が生ずること,さらに,円安による価格競争力上昇か ら,円建輸出価格の上昇のドル建価格への転嫁がある程度可能となることか ら,交易条件悪化の効果はほどなく減殺されるものと考えられる。
81年については,輸出価格指数(ドルベース)が,一時的な円の反騰をみせ た第4四半期を除いては,基調的な円安傾向から下落を続けたものの,輸入価 格指数(同)も,石油,一次産品価格の安定等を反映して,年間を通じて下落傾 向を維持した。この結果,我が国の交易条件は,81年第3四半期まで,ほぼ 横ばいを続けた後,第4四半期に若干の改善をみせた(前掲第2−1−3図参 照)。
A 輸出の増大,輸入の減少
円レート下落は,短期的には,ドル建輸出価格下落の効果から貿易収支の赤 字幅拡大の方向に働くが,中期的には,輸出数量増大,輸入数量減少という数 量面での黒字幅拡大効果をもつ(Jカーブ効果,付注7参照)。
81年については,年初までの円高の数量面での収支赤字化効果と,年初来 の円安傾向の価格面での収支赤字化効果がともに働いて,為替レートの変動は 輸出の伸び率鈍化の一つの要因となったと考えられる。
G 国内物価への影響
円レート下落に伴う円建輸入価格の上昇は,輸入原材料価格の上昇を通じて 国内物価を押し上げる。しかし,年平均の為替レートは,80年の226円74銭 から81年の220円54銭へとむしろ円高になったこと,石油や一次産品等の価 格安定がみられたことなどから,円べ−スの輸入価格は前年比0.4%の上昇, 輸入品卸売物価は同3.2%の上昇と比較的低い上昇率にとどまる一方,国内の 需給動向,賃金,政府の物価対策等もインフレ抑制に働いたために,結局,我 が国の卸売物価上昇率は同1.7%と落ち着いた動きとなった。
C 輸出競争力への影響
為替レ−トの下落は,Aでみたように,一般には価格競争力の強化を通じ て,輸出数量の増大に寄与するものと考えられる。しかし価格競争力は内外 の物価上昇率の差によっても変動するので,内外の物価上昇率の差がある場合 には,レート変動は実質化してみる必要がある。そこで,実効レートを実効相 対比価(先進国卸売物価と我が国卸売物価の比)でデフレートした,実質実効 レートをみる必要がある。我が国の場合,相対比価が趨勢的に有利化している ため,実効レートの上昇がある場合でも,それを相殺してしまい,実質実効 レートは中長期的には100前後(73年上期基準)で堆移している。このことか ら,中長期的にみると,円レートは購買力平価説により堆移しているというこ とも可能であり,最近の円安傾向は,購売力平価からみると過少評価であると いうこともできる。また,短期的にみると,81年の円安局面では,相対比価に はあまり変動がなかったので,実質実効レートはほぼ実効レートの変化と同じ 動きを示しており,その結果,価格競争力もほぼ相場の下落分だけ有利化して いることがわかる(第2−1−10図)。
なお,当省調査によると,各業種ごとの輸出採算レートは業種間でばらつき はみられるものの,石油・化学等一部の業種を除いて,1ドル220円以下と なっており,81年の円安期においては,多くの業種で高い競争力をもってい たことが考えられる(付表3参照)。
D、国内経済・産業構造への影響 このような為替レート変動は,一方で,円建輸入価格の上昇,輸出数量増大 等を通じて,国内経済・産業構造にも大きな影響を与えるものと考えられる。
たとえは,円の対ドルレートが,81年1月から8月まで,月中平均レートで 13.6%下落したため,この間のドル建の原油輸入価格(通関ベース)は,3.7%の 上昇にとどまっているにもかかわらず,これを円建でみると20.1%め1上昇と なっている。これは,後述するように,国内景気の跛行性を一層深刻なものと したと同時に,石油産業等に多大の為替差損をもたらすこととなった。
一般に,為替レートの変動は,輸出入価格・数量の変動を通じて,国内の景 気動向に大きな影響を及ぼすはか,資源エネルギーコストの変動による国内の 相対価格体系の変化や,輸出品輸入品の国際競争力の変動等を通じて,我が 国の貿易構造さらには産業構造をも変化させるものといえよう。

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